大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 昭和40年(行ウ)1号 判決 1966年12月06日

愛知県西春日井郡清洲町大字清洲一七〇八

原告

丹羽晴

右訴訟代理人弁護士

福間昌作

被告

名古屋西税務署長

前田金一

右指定代理人大蔵事務官

猿渡敬三

吉実重吉

浜島正雄

法務大臣指定代理人名古屋法務局訟務部付

検事

松崎康夫

同法務事務官

桝谷憲治

右当事者間の昭和四〇年行(ウ)第一号所得税更正処分取消請求事件について当裁判所は次のとおり判決する。

主文

被告が原告に対し、昭和三九年一月二七日付でなした昭和三七年度分所得金額を金一九六万五、二九〇円とする旨の更正決定はこれを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者双方の求める裁判

一  原告の申立

被告が原告に対しなした昭和三七年度分所得税についての更正処分はこれを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告の申立

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者双方の事実上の主張

一  原告の主張

(一)  原告は昭和三七年七月二一日自己の所有する別紙第一目録記載(3)ないし(7)の土地(以下本件土地という)合計二四三坪を代金一六〇万円(坪当り六、五八四円)で訴外大橋淳一に売却し、昭和三八年三月一一日被告に対し右の旨の譲渡所得を含む昭和三七年度分所得税の確定申告書を提出した。

(二)  ところが被告は本件土地附近の土地を訴外麒麟麦酒株式会社が坪当り金一万六、五〇〇円で買収した実例をもって原告の前記売却価格を不当に低額なものとし昭和四〇年法律第三三号により改正される以前の所得税法(以下旧所得税法という)第五条の二第二項を適用して時価を坪当り約一万五、〇〇〇円とし、右の割合による本件土地の売渡金額を三一七万二、五〇〇円と更正決定(以下本件更正決定という)をした。

そこで原告は本件更正決定を不服として被告に対し異議申立をしたが、被告はこれを棄却したので更に訴外名古屋国税局長に対し審査請求をしたところ、右訴外局長はこれを棄却する旨の裁決をした。

(三)  しかしながら被告の原告に対する本件更正決定は次のような理由により違法である。

(1) 旧所得税法第五条の二第二項の「その譲渡の時における価額」とはいわゆる経済取引上の時価であり、その時期のその地方におけるその土地類似の土地に対する通常人の取引上に形成された価額をいうのであつて特別な必要上特別な財力により取引された少数の実例による特別な価額でないことは当然である。

しかるに被告は訴外麒麟麦酒株式会社が鉄道引き込み線を施設する必要上絶対に必要な場所と限定された土地をその財力で買収した価額をもつて時価と認定したもので前記法文の解釈を誤つたものである。

(2) 旧所得税法第九条第一項第八号の「総収入金額」は譲渡資産の客観的な価額を指すものではなく具体的な場合における現実の収入金額を指すものと解するのが相当であるところ、(昭和三六年一〇月一三日最高裁第二小法廷判決参照)同法第五条の二第二項は前記条文に対する重大な例外規定であつて所得税の課税原則たる能力課税を排除して能力のないところからも徴収しようとするものであるから極めて厳格に立法の趣旨に添う場合のみ適用されるよう解釈すべきである。しかして右条文の立法の趣旨は資産の譲渡の裏面に伏在する贈与などの事情の発見が困難であるため徴税技術の簡便とこのような事情を伏在せしめて所得税の免脱を計ろうとしたものに対する懲罰的な意味を有するものと解せられるところ、原告においては買受人たる訴外大橋淳一との間になんら贈与その他の意味を伏在せしむべき関係はないことはもちろん原告としては前記主張の価額がむしろ従来の価額を超える有利な売買と信じてなしたものでなんらの悪意はないから懲罰的に旧所得税法第五条の二第二項を適用せられるいわれはない。

(3) 税法上同一の文言である時価を相続税法の場合には固定資産税における評価額若しくはこれに一定の率を乗じた額をもつて認定し、比較的低い価額をもつて時価としているのに反し所得税法においては甚しく高い価額をもつて時価とするのは法上の不公平であり誤つた解釈である。

(4) かりに原告と訴外大橋淳一間の本件土地売買につき旧所得税法第五条の二第二項が適用されるとしても、本件土地はいずれも農地であるから農地としての時価を算定すべきである。すなわち原告は農業に従事し、本件土地を耕作の目的に供していたが、右売買当時同じく農業を営み、右土地を耕作の目的に供しようとする訴外大橋淳一に農地としての適正な価格で本件土地を売却したものである。しかるに被告が基準とした売買実例は買主が農地以外に使用する目的で買受けたものでその売買価格は農地の時価ではない。右のような価格で買受ければ農業経営が成り立たないことは極めて明らかであり、このことから考えて右のような価格は本件土地の時価として相当でないといわなければならない。

よつて原告の売渡価格につき旧所得税法第五条の二第二項を適用した本件更正決定は違法であるので本件更正決定の取消を求める。

二  原告の主張に対する被告の答弁及び主張

(一)  原告主張中第一、二項は認める。但時価の算定については訴外麒麟麦酒株式会社の買受けた実例のみによつたものではない。原告主張中第三項の(1)中旧所得税法第五条の二第二項の「譲渡の時における価額」は原告主張の如き内容のものであることは認めるがその余は争う。原告主張中第三項の(2)ないし(4)及び第四項はいずれも争う。

(二)  本件更正決定の経緯

(1) 原告は昭和三八年三月一一日被告に対し昭和三七年度分所得税につき別表(一)課税処分表中申告欄記載のとおりの確定申告書を提出した。

(2) そこで被告は右確定申告書に基いて調査した結果譲渡所得の一部につき旧所得税法第五条の二第二項に該当するものが認められたので同条を適用し別表(一)課税処分表中更正決定欄記載のとおりの本件更正決定をなし昭和三九年一月二七日付をもつて原告にこれを通知した。

(3) ところが原告は本件更正決定を不服として昭和三九年二月一一日被告に対し異議の申立をなしたので、被告は再調査をしたところ原告の右請求には理由がないものと認められたので右請求を棄却する旨決定し、昭和三九年五月七日付をもつて原告にこれを通知した。原告はさらに石決定を不服として同年六月一日訴外名古屋国税局長に対し審査請求に及んだが右局長は審査の結果原告の右請求には理由がなく本件更正決定に誤りがないものと認めたので棄却の裁決をなし、同年一〇月一三日付をもつて原告にこれを通知した。

(三)  本件譲渡所得の計算関係

被告は原告の譲渡所得に関する申告のうち別紙物件目録(1)および(2)の土地についてはこれを相当と認めたが、本件土地の譲渡価額一六〇万円(坪当り六、五八四円)は時価に比して著しく低い対価で旧所得税法第五条の二第二項に該当する譲渡と認められたので右条文の適用により本件土地の譲渡時の時価で本件土地の譲渡があつたものとみなして別表(二)のとおり譲渡所得の計算をなし課税したものである。

(四)  本件更正決定の根拠

(1)原告は本件更正決定について被告が旧所得税法第五条の二第二項の適用解釈を誤つたものであると主張する。しかしながら、一般に譲渡による所得が課税対象となつているのは資産の市場価値(経済的価値)の増加による利益が値上りという形で発生し、かつ、その増加による利益がその資産の所有者に帰属しているため、その資産の市場価値の増加を所得として把握し課税するという基本的課税理論に立脚するものである。したがつて右理論に厳密に従えば、納税者の有する資産の市場価値の一年内の増加は毎年これを査定し課税すべきものであるが、かかる課税の方法は技術的に困難であるからこの所得は納税者がその資産を売却するなどしてその資産の市場価値の増加による利益を現金その他に換価した場合に初めてその年分の所得として課税の清算を行うことにしたのである。これが旧所得税法第九条第一項第八号の規定するところである。

ところで同法第五条の二は資産の贈与または低額譲渡の場合においてもすでに資産の値上り(経済的価値の増加)が発生しておりその経済的価値の実現があつたものという考を前提としているのである。

したがつて低額譲渡の場合その低額をそのまま是認するならば右により表現された経済的価値の増加によつて生じた所得に対する租税負担を免れるという結果になり、課税理論の基本原則に反することとなる。そこでこれを防止するため、同条の二第二項のみなし課税の規定が設けられているのである。

すなわち低額譲渡については贈与の有無を問題とせず特に時価譲渡とみなすことにしているのである。

なお、右条文にいう「著しく低い価額」の範囲については旧所得税法施行規則(昭和二二年大蔵省令第二九号)第二条に「譲渡の時の価額の二分の一に満たない価額とする」と規定されており、そこでは当該売買取引上の事情は何ら考慮されないこととなつているのである。

(2) 旧所得税法第五条の二第二項の「時価」は売買において通常成立すると認められる取引価額でありその評価は通常価額が普遍的に存在する売買実例を基としてなすことが最も直接的であり実効があるとされている。

もつとも右の如き売買実例を基として通常価額を算定するいわゆる市場資料比較法は取引事例からの類推法であるから採用すべき取引事例には対象不動産を推定し得る規範性がなければならない。そのためには同一性または類似性が強く要求されるのであるが土地は個別性が強く、しかも完全な取引市場を有しない。そもそも土地の価格は一般に社会的経済的、行政的な諸力の影響のもとに人々が土地に対し認めるその土地の相対的稀少性及びその土地に対する有効需要の存在という三要素の相関総合によつて生ずるその土地の経済的価値(交換価値)といわれている。従って理論的にいえば現実の取引価格とは需要者と供給者の双方が現実の経済性に基づいて取りきめた価格すなわち右三要素の結合による均衡価格といえるのであるから採用すべき取引事例には少くとも時間的同一性場所的同一性物件的同一性または類似性があることが要件であり、これらの取引事例を多数採用することによつて個別的に形成された価格から均衡価格の性格をもつた通常価格として正確な客観的価値を求めることができる。

したがつて本件土地の譲渡時の時価についてもその附近の土地の状況および本件土地と状況類似の附近の土地の売買実例を調査しそれに基づき次に述べるとおり評価した。

本件土地附近の状況は名古屋市の西北に位する近郊地であり西枇杷島町を通じて接続する名古屋の工業地域で国道二二号線(名古屋市―一宮―岐阜)により交通は至便でまた昭和三四年に訴外麒麟麦酒株式会社名古屋工場が当地に進出して以来附近農地は工場用地、住宅地としての宅地化が行われ、それに伴う土地の売買も増加し地価は逐年上昇している地域であつた。

また本件土地付近は昭和二八年頃、すでに各地主の同意により土地改良法(昭和二四年法津第一九五号)に基づき水湯土地改良区が設立され、土地区画整理等の事業計画が作られ、その後経済の発展とそれに伴う都市集中化の傾向から住宅地工場用地としての需要がますます増大したことに伴い、昭和三六年頃から土地改良計画の内容も宅地化を予想した事業計画に変更されたのであり原告も右事業計画の内容は充分知つていたものである。

さらにまた売買実例は別紙(一)の土地の売買実例調どおりであつたのでこの売買実例を基とし、右実例中<6>および<7>については鉄道用地等の特定地とする買進みが認められるので、買進み修正率を乗じて除却修正を行い正常取引価額に直し、さらに本件土地の売買時期と右各実例の売買時期との期間差による価額の変動(値上り)につき別紙(三)の時点修正率算定根基調記載のとおり修正を行つて評価すると別紙(二)の売買実例に基づく本件土地の評価額記載のとおり本件土地の評価額は最高坪当り一万九、九七〇円最低坪当り一万一、八二四円平均では坪当り一万六、九七七円となるが正常性を考慮し右の最高最低価額を除外したものの平均では坪当り一万七、三三七円となるので、本件土地の譲渡時の時価は坪当り一万七、〇〇〇円程度と認められることから、本件土地の状況、精通者の意見等を綜合検討の上時価の確実性(換価の容易性)を考慮して本件土地の譲渡時の時価を坪当り一万五、〇〇〇円と評定したものである。

なお、訴外麒麟麦酒株式会社は昭和三九年七月一四日本件土地のうち別紙物件目録記載(5)ないし(7)の土地を訴外大橋淳一から坪当り二万五、〇〇〇円で買受けており、右取引価格を本件譲渡時点の差による値上り率で修正し換算してみると本件土地の譲渡時の時価は坪当り金一万八、三五五円となるのである。

<省略>

(3) よつて原告のなした本件土地の譲渡価額は坪当り六、五八四円で時価の二分の一に満たないことが明らかであるから被告が旧所得税法第五条の二第二項を適用してなした本件更正決定は適法である。

(五)  原告は税法上同一の文言である時価を旧所得税法の場合と相続税法の場合とでその評価の基準を異にしていることは法上不公平であると主張する。

しかしながらいわゆる「時価」について各税法上の規定はその課税目的を異にしているのでその概念は必ずしも同一意義を有するのではないのであつて実際上の評価運用については各税法の課税目的からこれを解釈すべきであり、むしろそれこれが課税の公平を期する所以である。

旧所得税法では第一〇条(収入金額)および同法施行規則第九条の二において「……収入の『時における価格』にする……」と同法第五条の二(みなし譲渡課税)および同法施行規則第二条において「……譲渡の『時における価額』とする」と規定しており相続税法では第二二条(財産の評価)において「……当該財産の取得『時における時価』により……」と規定している。

ところで一般に財産の時価評価はいろいろな目的のために行われている。たとえば大きくわけて税務計算上の財産評価に対し企業計算上の財産評価がある。

税務計算上の財産評価においても国税では所得税相続税等における財産評価があり、地方税では固定資産税や不動産取得税における評価がある。しかし所得税における財産の評価は所得を測定することを目的とするものであり、財産課税を目的とする相続税とはその評価に差異が生ぜざるを得ないし、又同じ財産税でも国税である相続税の場合と地方税である固定資産税や不動産取得税における評価は課税主体が異なつており地方税ではそれぞれ財政収支を考慮して評価課税されているのでありそれぞれの課税目的要件が異なり評価上差異が生ずることは当然である。

しかして各税法における時価は、所得を測定するために規定されているのもあり一定時における物の価額を評価することのみを目的とするのもあり、各税の時価主義の原則内の運用は必ずしも同意義には解されておらずその各税の性格目的に従つて理解されている。すなわち各税法における時価は明文がないので時価に関する社会通念および税法の課税の目的からこれを解釈すべきである。

したがつて所得税においては「時価」は所得算定のため評価を必要とするものであるから正常な取引価格を意味する。それは自由な市場価格である。

一方相続税の課税標準の基礎となる財産の評価はその相続税の偶発的な課税原因により生ずる財産課税たる税の性格目的等から時価を解し、さらにこれが財産の種類の間および同一種類の財産についても異なる地域内の権衡又は評価困難のものについて負担の公正を期し評価の権衡を保持するために原則として国税庁長官の定める相続財産評価に関する基本通達(評価通達)により行われているもので、右の評価通達は相続税、贈与税以外の税に関する財産の評価については適用のないものである。

(六)  土地の客観的な時価は土地の地目や当事者の主観的価値により定まるものではなく、土地そのものの客観的利用価値によつて形成されるものであるから、その土地が現実に農地として利用されていても将来容易に宅地、工場用地として利用し得る状況にありまた宅地、工場用地としての利用価値を有する場合にはその価値を加味して評価することが相当である。従つて、本件土地が農地であるから農地としての時価を算定すべきであるとの原告の主張は理由がない。

以上の理由により前記の原告の主張は失当であり本件処分は適法である。

三  被告の主張に対する原告の答弁

被告主張の本件更正決定の経緯及び譲渡所得の計算関係(但し本件土地の譲渡所得に関する部分を除く)はこれを認めるがその余の主張はこれを争う。

被告は本件土地の時価を認定するに当り、原告と訴外大橋淳一間の本件土地売買以後の売買実例をもつて土地騰貴の傾向を逆算して本件土地の時価を算出しているけれども、売買後の実例は土地騰貴の傾向によるのみならず本件土地近隣の突発的事情に影響されていることは顕著であるから、右のような突発的事情を予測して本件土地の売買価格を測定し得ない以上被告主張の如き売買実例による本件土地の時価算定は失当である。

第三証拠

原告訴訟代理人は甲第一号証を提出し、証人太田広一、同鬼頭広吉、同大橋淳一の各証言及び原告本人尋問の結果を援用し、乙号各証の成立はすべて認めると述べ

被告指定代理人は乙第一号証の一ないし五、乙第二ないし第四号証、乙第五号証の一ないし三を提出し、証人稲岡幸亮の証言を援用し、甲第一号証の成立を認めると述べた。

理由

原告が、昭和三七年七月二一日訴外大橋淳一に対し原告所有の本件土地合計二四三坪を代金一六〇万円(坪当り六、五八四円)で売却し、昭和三八年三月一一日被告に対し、右譲渡による所得を含む昭和三七年度分の所得税につき別表(一)課税処分表中申告欄記載のとおりの確定申告書を提出したこと、被告は原告の右確定申告に対し前記譲渡価格を不当に低額なものとし旧所得税法第五条の二第二項を適用して本件土地の時価を坪当り約一万五、〇〇〇円と認定した上別表(一)課税処分表中、更正決定欄記載のとおりの本件更正決定をしたこと、被告主張のように、原告は本件更正決定に対し異議の申立をし、右申立が棄却されたので更に審査請求をしたが、右請求も棄却されたことは当事者間に争いがない。

被告は「原告が本件土地を訴外大橋淳一に売渡した当時本件土地の時価は坪当り金一万五、〇〇〇円であつたから、原告の前記売渡価額坪当り金六、八四五円は著しく低い価額の対価というべきであるから、旧所得税法第五条の二第二項を適用して、原告の前記確定申告を更正し本件更正決定をしたものである」と主張するのに対し、原告は、本件士地については前記売渡価額の坪当り金六、八四五円が適正な時価というべきであつて、被告が右価格をもつて低額譲渡とみなして旧所得税法第五条の二を適用したのは違法である旨主張するので判断する。

旧所得税法第五条の二第二項に規定する時価とは、いわゆる経済取引上の時価であつて、土地の譲渡の場合右譲渡の時期の当該土地所在地方におけるその土地類似の土地に対する通常人の取引上に形成された価額をいうものと解すべきである。

そこで、本件土地について考えてみると、成立に争いのない乙第一号証の一ないし四、乙第三、四号証、証人太田広一、同鬼頭広吉、同大橋淳一、同稲岡幸亮(後記採用しない供述部分を除く)の各証言、及び原告本人尋問の結果を綜合すれば、次の事実が認められる。

(1)  原告と訴外大橋は愛知県西春日井郡清洲町の住民である以外には身分上社会上特別な関係を有するものではなかつたこと。

(2)  原告は畳屋を営む傍ら農業に従事している者であるが、畳屋営業の資金を入手する必要から、居宅から離れた処にあるため耕作に不便な本件土地を手離すことを考えていたこと。

(3)  訴外大橋は農業を営んでいる者であるが、訴外麒麟麦酒株式会社が昭和三四年頃同県同郡新川町へ名古屋工場を設け、進出しその後昭和三六年一一月頃その鉄道引込線用地を求めた際訴外大橋所有の農地を右訴外会社に売却したので、右売却農地に代るべき耕作農地の入手を熱望していたこと。

(4)  そこで右訴外大橋は旧師で地主でもある訴外鬼頭広吉に農地の斡旋を依頼したところ、右訴外鬼頭は原告に対しても恩師である関係から原告において本件土地を売却する意を有していることを知つていたので、原告と訴外大橋との間を斡旋したこと。

(5)  本件土地の売買価格について原告はすでに昭和三五年四、五月頃同じ清洲町大字清洲に在住する宅地建物取引業者の訴外太田広一から本件土地を農地のまゝで売却する場合は坪当り金五、〇〇〇円が相当である旨聞いていたので、その後の土地の値上りを考慮し、坪当り六、五〇〇円で売りたい旨前記訴外鬼頭に申入れていたこと。

(6)  一方訴外大橋は本件土地付近の売買実例などから坪当り金六、〇〇〇円位で買受けたい旨を右訴外鬼頭に依頼していたこと。

(7)  訴外鬼頭は当時同県同郡新川町大字寺野の区長をしていた関係で、訴外麒麟麦酒株式会社の前記名古屋工場設置のための土地買収に際しては右訴外会社と買収される区民との仲介をなし、土地の売買については相当精通していたものであるが、本件土地の売買価格につき原告の希望する一反当り二〇〇万円、坪当り金六、五八四円が相当であると認めて本件土地の売買の成立を斡旋し、その結果原告と訴外大橋間に本件土地につき代金一六〇万円(坪当り六、五八四円)での売買契約が成立し、昭和三七年七月二一日右売買契約に基づき本件土地につき所有権移転登記を経由したこと。

(8)  訴外大橋は本件土地を買受け後本件土地を耕作の目的に供してきたが、その一部の合計約八七坪を昭和三九年七月頃訴外麒麟麦酒株式会社の名古屋工場用地として訴外会社に売渡したこと。

(9)  訴外麒麟麦酒株式会社は名古屋工場用地として、昭和三四年四月頃(第一次買収)、昭和三六年四月頃(第二次買収)及び昭和三六年一一月頃(第三次買収)及び昭和三九年七月頃(第四次買収)の四回に亘り同県同郡新川町内の土地を買入れたのであるが、右第一次ないし第三次買収の範囲(特に右第三次の買収は鉄道引込線用地として必要とする範囲の土地だけを買収)及び第一次、第二次に買収した用地の西側に接続した土地の昭和三七年二月頃訴外名麟運輸株式会社が買入れその用地として使用していた状況から、原告が本件土地を訴外大橋に売却する当時には訴外麒麟麦酒株式会社が本件土地附近を買収することは予想されなかつたこと。

(10)  本件土地の東側には訴外麒麟麦酒株式会社名古屋工場の広大な用地及び同工場の専属の運送会社である訴外名麟運輸株式会社の用地が存在し、南側は東海道線の線路に極めて近接し、北側には同県同郡清洲町字西田中の部落があり、右部落を横断する国道二二号線に通ずるには道路が存在せず、ために原告が訴外大橋に本件土地を売買した当時、本件土地は宅地、工場用地としての利用は望めなかつたこと。

(11)  右の如く本件土地は農地としての利用しか期待出来ない状況にあつた上に田としては良質のものではなかつたこと。

(12)  昭和三七年頃本件土地付近においては農地のまゝで売買された実例は坪当り五、〇〇〇円ないし六、〇〇〇円であつたこと。

以上の認定に反する証人稲岡幸亮の証言中の供述部分はこれを採用し難く、その他被告提出の全証拠によるも右認定を覆すに足りない。

以上認定事実を綜合すれば、原告と訴外大橋との間に成立した本件土地の売買価格の金一六〇万円(坪当り金六、五八四円)は旧所得税法第五条の二第二項にいわゆる譲渡当時の時価であつたと推認されるので、爾余の判断を俟つまでもなく、右価格をもつて低額譲渡であるとし同法条を適用し、本件土地の譲渡所得を算出した被告の本件更正決定は違法であるというべきである。

よつて被告が原告に対しなした本件更正決定は失当としてこれを取消すこととし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 布谷憲治 裁判官 藤原寛 裁判官 植田俊策)

別表(一) 課税処分表

<省略>

別表(二)

<省略>

別紙一

土地の売買実例調

<省略>

註 売買実例の(6)、(7)は昭和40年5月10日付被告第一準備書面二、(二)において述べるとおり 原告が本件土地の譲渡所得とともに 昭和37年分所得税確定申告において申告しているものである。

別紙二 売買実例に基づく本件土地の評価額(坪当り)

評定時期 昭和三七年七月二一日

<省略>

(注)一 時点修正率は別紙三時点修正率算定根基調べによるものである。

(注)二 場所的価額差修正は、評定地と実例地との価額差すなわち権衡の保持であるが、本件土地と実例地との価額は、状況が全く同様で価額差の割合は一〇〇%である。

別紙三

時点修正率算定根基調

<省略>

(注)一 指数は不動産研究所の全国市街地価格指数第四表「六大都市を除く、地域別市街地価格推移指数表」工業地の指数によつたものである。

(注)二 各譲渡時の推定指数は右指数表の直前年次指数と直後年次の指数との差額から一カ月平均上昇指数を求め、これにより年次指数を修正して求めたものである。

(注)三 時点修正率は、本件土地の譲渡時の推定指数六〇二と各実例時の推定指数との対比により求めたものである。

物件目録

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例